ハンドゥレラ(アッラーのご加護で)

曇りだが、雨は止んだ。
昨日の帰り道からずっと「雨だったらどうしようか」と考えていた。「たまたまロケの日が雨だった」というのは内輪の都合に過ぎない。普段のロケは晴れを想定しているから、雨なら雨なりの効果を考えなくてはならない。待とうと思えば待つ日程的余裕はある。「晴れた日のどかな午後、片足と棒切れでピョンピョンと元気に動き回るハナン」か、「雨上がりのぬかるんだ庭先で、水溜りを避けるように片足と棒切れで歩くハナン」か-戦争から1年経って、自分たちが彼女から見るべき/汲み取るべきメッセージは何か?ずっと考えて、そして雨でもロケを敢行することにした。

09:00ハナンをロケ。
ハナンは昨日より笑顔が多かった。たまに思うことだが、こうしたこと-見たこともない外国人が大きな三つの棒を立ててガラスの筒を自分の方に向けている、自分のことについて何かいろいろ言っている-こうしたことそのものが、何も知らない子どもにとっては、興味というものが芽生えさせるひとつのチャンスなのかもしれないと。そう思うと、たとえ映像が陽の目を見なかったとしても、このロケにはやった意味がある、と救われる気がする。もちろん勝手な思い込みなんだけど・・・。

ファディはハナンの家族に対して否定的だ。なぜもっといい服を着せてあげないのかなぜもっといい食事を与えてあげないのか、なぜもっと温かい部屋を用意してあげないのか、なぜもっと熱心に医者に連れて行かないのか、、、彼らはハナンと姉妹に仕事しか与えていない、働き手としてしか考えていない、と言う。ハナンの祖父は90頭いた羊を半分売って、小豆色のBMWを買った。「ついでに若い女性と結婚したい!」なんて冗談を言って周囲を笑わせていた。
“Yes, they are rich. Why, Hannan?” と言う彼の意見を自分は黙って聞いていた。彼にはそうした意見を言う資格がある。そして、確かにそうかもしれない。でも、自分はこのイラクに住み、同じ歴史や文化、価値観の中に身を置いてきた人間ではない。ひとつの事実があって、なぜそうなってしまったのか、なぜそうしなければならなかったのか、自分たちには何ができるのか、ということを考える立場にある。ましてや、彼らを苦しめた側の人間だ。アドバイスはできても、彼らを批判するようなことは許されない。こう説明すると、ファディもまた黙っていた。

ワリッド父子に会いに金物街へ行く。金物街は活気を完全に取り戻し、新しい息吹すら感じた。サダム時代には、鉄の鎖を作る工房と金属廃材から塵取りなどの日用品を作る工房しかなかったのに、今では一般家庭用の金属の装飾品まで作っている。通りがバラエティに富み、景気も良さそうだ。サダムがいなくなって、彼らが自分たちの想像力と腕を活かして自由に働けるようになったのは間違いない。ここは完全に”復興”し、”自由”があった。

以前と違うのは、働く子どもが減って大人の姿が増えたこと。軍で働いていた人たちだ。ここはシーア派地区でかなり所得の低い層の人たちが働いている。ワリッドの父親を含め、なりたくもないのに軍にかり出されていた人たちも多い。戦後、親戚などを頼ってこの通りで働くようになったんだと思う。一方で、子どもたちはどこに行ったんだろうと思う。学校に戻ったのだろうか?それなら良いのだけれど。

ワリッドのお家訪問。父親インタ。ひとつ目の質問「戦争が起こった時、何を思ったか憶えていますか?」の後、2つ目「戦争が終わって疎開先のナジャフからバグダッドに戻ってきた時の気持ちは?」と聞くと、しばらく沈黙が続いて彼の目から涙がこぼれた。住み慣れた街は戦闘と略奪で破壊され、アメリカ兵に誰もが銃を突きつけられる。彼らの街も心も傷つけられてしまった。それでも、「ありがたいことに(=アッラーのご加護で)、今はこうして家族と生きていられる」と父は言う。「あなたのような外国のメディアの人に、本当の気持ちを言いたいとずっと思っていた」という言葉が痛烈な痛みを持って響く。

「日々少しずつ良くなっていると感じるし、ありがたいことに(=アッラーのご加護で)将来は明るいと思う。」-この答えは、アメリカとか新しい政府とかを云々論じる以前に、権力とは何ら係わり合いを持たない市民層が持っている感覚のひとつだと思う。高等教育を受け、所得もほどほどある層の人たち(ファディやディーナやハイダたち)とはまた違う。

腰の疲労がひどい。なんだかへとへとだ。

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