Day-6
9:30 保険省に診療所の撮影許可をもらいに行く。
途中、一昨日の爆発現場という場所を通った。政府系の建物のようだが、1~3階の窓ガラスは割れていたものの人々はなにもなかったかのように黙々と出入りしていた。ファディが”Yesterday bombed,Today work”と言ったことが耳に響く。
診療所の所長に渡されたメモのところに行くと、担当職員(ドクター)がおり、ワクチンの話を聞いた。すると、ワクチンは不足などしていないと笑い飛ばす。
「私たちはすでに2つの会社にオーダーしています。心配しないで下さい。大丈夫です」と自信たっぷりに言う。そう言われるとこっちの出る幕はない。事実は BCGワクチンはあって、MMRワクチンは3ヶ月前からない、ということのようだ。職員は”We can’t say I don’t have. We arranged already”と繰り返し強調する。子どもの健康に関わることだから、状況がわからない親にとっては気がかりなことだろうに、職員のこうした態度には疑問が残る。
次官(らしき人)が「許可なんて必要ない。身元と目的を説明すれば問題ないだろ。フリーだよ、フリー」と軽く言ってのけたのには、驚いたと同時に「そうだろうな」と妙に納得してしまった。ハンコもない推薦メモを書いてもらった。組織では下に行けば行くほど、依然として自分たちでは決められないという空気がある。日本に似てなくもない。
ファディの義父タラルのコピーショップは保険省のすぐ近く。客は医科学系の学生や学校関係者で繁盛している。2人いる妻の1人ワジハが楽しそうに注文を受けてコピーをとっていた。この前の取材では休業していたから、とてもうれしい。
ディーナと合流し、診療所へ向かう。診療所というのは、この地区のPrimary Health Center (PHC)とわかった。PHCはいわば地域の保健所で、フセイン時代に取材を申請して許可が取れなかった。1年半越しで取材がかなったわけだ。撮影は問題なかったが、所長も医者もインタビューを頑なに断って実現しなかった。怖がっている。
6月にある医師が地元新聞のインタビューを受けて写真が出た後、殺すと脅迫を受けたと言う。許可を取れと言うからわざわざ保険省まで行ったのに今になってイヤと言われると釈然としないし、脅迫事件から5ヶ月も経っているんだから神経質にならなくても、などと思ったが、日常的に生活を脅かされている環境にあって、不安の種を作りたくないという気持ちは理解してあげなくてはならない。
所長の話では、アル・ハリル小学校の関係者に「日本人カメラマンとしゃべるな」という脅迫電話があったらしい。脅迫電話を受けた本人から聞いたわけではないし、怖がって行動しなくなればそれこそ脅迫した者たちの思うつぼだ。でも、そういう噂があること自体で周囲に悪い影響を及ぼしかねないし、注意するにこしたことはない。
2:30 診療所で出会った20歳のハニン。彼女はTVやラジオ、新聞などのメディアグループ『シャバーブ』でジャーナリストをしていた。今回、ウダイ直轄組織フェダイー・サダムで働いていた若者を取材したいと思っていたが、『シャバーブ』はフェダイー・サダムのいわば文民部門。もと民兵という人を探していたのだが、彼女は顔を隠さずに話をしてくれるし、若者のストーリーを構成するには十分興味がある。
父はアルミニウム工場を経営していてリッチみたいだ。広大な土地にたっているわけではないが、外装に瓦みたいなものが使ってあったりする豪華な自宅にびっくり。アラブ王朝+ビクトリア王朝を足して割ったような家具の応接間、巨大なシャンデリアがすごい。始めは母だけだったが、途中父も帰宅して両親同伴のインタビューとなった。
彼女は文章を書くのが好きで、取材記事の書き方などは独学で学んだ。特に管轄省庁もなくウダイの私的組織だった『シャバーブ』で働いていた人たちは、今仕事が得られないそうだ。若者たちはモチベーションが高かったようで、「自分たちはプロとして頑張ってきた」という意識を乱暴に傷つけられていた。独学で頑張ってきた彼女は特にそうした意識が強いのかもしれない。
途中、母が「インタビューに答えるのはやはり怖いです」と言って中断したが、みんなが怖がる中で彼女もよく顔を隠さずに正直な意見を語ってくれたと思う。婚約したばかりの長女が不安を抱えるようなことをさせたくないと言うのが当り前だと思うが、趣旨を理解して最後までインタビューを続けさせてくれたご両親にも感謝したい。
ファディは”I like your all job. But I don’t like going to TIKRIT. I don’t like.”と言う。答えようがないから、苦笑いをした。その後、彼はTIKRITに住んでいて休暇でバグダッドに来ている人を探し出してきた。ガイドとして、明日チームに加わることになった。いつでもそれなりの準備をするファディに感心する。
明日はTIKRITだ。