焦るな

Day-3
朝寝坊した。急いで本宅に向かうとジョマナは制服に着替えてソファにちょこんと座っていた。これから髪の毛を結い直すところだった。間に合ってよかった。

何を考えすぎているのか、どうも頭が回らない。「次の画はー」とか「どんなシーンがなくちゃいけなかったっけ?」とか、ほとんど頭は真っ白になっている。なぜだか、今書いていて理由がわかった。これから先この仕事をしていくには、NHKや自分がこれまで目にして模倣してきた画や取材ではもう通用しないと考えているからだ。取材の難易度は上がっている。だから、要求されるものも厳しい。ドリー・ペック・アワードの番組を見て、自分にとってはフリダシにもどったような感覚があったが、同時にトップランナーたちのグループがどんなものか、少しわかった。相撲で言えば、自分はまだ新弟子検査に受かった程度なのではないかと思う。足は重いし息苦しい感じもするけれど、この仕事を続けて行きたかったら前に進むしかないな。そのうちきっと峠を越えて自然に足が出るようになると思う。

焦ることはない。これまでよりもスピードは落としても焦ってはいけない。

子どもたちの勢いがすごい。猛然とカメラに向かってくる。「ハロー、ミスター!ミスター!」と個別に呼びかけていたのが、すぐに手拍子つきのひとつの大きな掛け声にに変わる。先生たちに申し訳なくて仕方がない。アフガン以上に手を焼く。リベリアの子どもたちの方がよっぽど聞きわけがいいかなあ。あきるのを待つのも手だけど、治まる気もしないしなあ。子どもたちなりに自由を謳歌している、と肯定的に解釈することにしよう。

ジョマナの先生は、子どもたちの興味を引きながら授業を進めるのが大変上手だった。「授業が終わるとへとへとよ」という答えが印象に残る。教育省は先生たちに給料は支払うものの、管理指導的役割は一切していないようだ。学校側は何か問題を抱えても相談する先が今のところない。新しい教科書の要望を相談しても「私たちは何もできません、わかりません」と言われるらしい。

今日は、通訳候補2人にテストを兼ねて通訳を務めてもらった。一人は、30代半ばの男性サム(家族有り)、もう一人は女性ディーナ(未婚、アル-ハリル小学校の英語教師)。
英語力は、ディーナの方が5倍くらい高い。でも、インタビュー時の通訳のタイミングはいまいち。こちらが聞きたい内容をいち早く把握するのが上手いのはサム。ロングスカートをはいている女性を街中のガチャガチャしたところに連れて行くのも無理だろうし、女性には危険な場合もあるし、何かあったときの身体能力が心配だ。学校の先生をやっているディーナを46時中キープするのも気が引ける。ファディはしきりにディーナを勧める。むさくるしい男よりは女性のほうがいいのだろう。もっとも、今のように口をつぐむ人が多い時には男性よりも女性の方がいいのかもしれない。女性が相手のインタビューもやりやすい。ただ、動きが優雅なのはいいけれど、リズムがどうも。。。

こちらとあちらの会話をきちんと絡ませていきたいと思うと、サムの英語力では厳しいかなあ。でも、先生たちのインタビューが終わった後、あなたに聞きたいことがあると言ってきて”Why don’t you ask about occupation?”と指摘した。仕事ではなくマンツーマントークだと断りを入れた上で話してきたのだが、こうしたプロポーズができるのはいっしょに仕事をしていく上でとても大切だ。時間を気にしながらだったとはいえ、体制が変わったことに対する質問と答えの比重が大きくなってしまった感がある。サムの指摘はもっともだ。明日、あらためて先生たちのインタビューをしようと決めた。すると、学校ストーリーのイメージが広がりを見せ始めた。いいカンジだ。そういうわけで、今週はバグダッドでストーリーを仕上げることに決定。

栄花さんと約束した(?!)72時間が迫ってきた。インターネットカフェを探す。電気街に見つけて無事送信。フセインの時代には規制されていたインターネットも不自由なくできるようになった。それもISDNだからまったくストレスを感じない。20台ほどのブースの7割は埋まっていて、みんな静かに整然とネットサーフしていた。ゲームセンターもそうだが、市民生活のおけるテクノロジーの解放と浸透はあっという間。モノも新しいし、高い専門知識を持った人たちが働いている。そして個人は自らの労働力の提供し、それに対して対価を要求する。非常に個人主義的な面を感じる。利益は国家や社会よりも個人の生活により直接的に収束するように行動する。かといって、お金がなければ無視されるかといえばそうでもない。話して互いの事情を理解しあえればかなりの融通もきく。ふとカリフォルニアにいる感覚を思い出して、似てなくもないなあと思う。もし、アメリカとイラクが同盟関係を結んだとしたら、お互いに結構気が合うんじゃないかと思ったりする。政治がまともだったら、の話だが。

ハイダが訪ねてきた。彼の会社はCPAから仕事受注したアメリカ企業と契約したUAEのオフィス
サプライヤー(コンピューターなど事務用品)のバグダッド現地法人だと言う。”Green Zone”と呼ばれるアル-ラシッド・ホテル界隈に会社があり、職場環境は気に入っている。でも、CPA下の外国系企業で働いていることは隠しているそうだ。彼に限らず、連合軍やCPAと関係を持っている人たちは、誰に狙われるかわからないと怖がっていると言う。どんな人が狙われるのか、細かくグルーピングすることは可能なのだろうか。人なのか、組織なのか、及ぼす影響なのか、いったい狙う目的とは何なのだろう。イラク人の個人主義に照らして考えるなら、報いてくれる可能性もない、目に見えない人物のために自分の日常生活を捧げるとは思えない。やはりそうした労働に報いる人たちがいると思う。それが外国人なのかイラク人なのか、あるいは両方入り乱れて勝手に行動しているか……。いずれにしろ、反米ということだけは共通しているのだ。

PS2 を借りてきて、ファディ一家で『ようこそ~』を観た。テレビの事情で白黒画面になってしまったのが残念だったが、ジョマナをはじめ、16歳のベイダや10 歳のラミ、3歳のアルバラまでが文字通り釘付けだった。イラクの話だけでなく、ほかの国の映像も同じようにジーっと観ていた。同じ年代の子たちが同じように勉強しているし、他国の人たちの暮らしや風俗が新鮮だったのだと思う。新鮮な興味や驚きで輝く目は、どこの国の子どもたちでも同じように持っている。ナレーションがアラビア語だったらなあ、と思う。
ファディの激しい質問攻めにあう。特に、エイズやドラッグに関して興味を持ったらしく、エストニアの子どもたちやザンビアのストーリーにはショックを受けたらしい。ブワザニの腕を触ったところで、うつらないのかっ?とびっくりしていた。いまやエイズはグローバルな問題だが、その対策や知識は驚くほど局地的なものだとあらためて思う。

寝るのが遅くなった。明日が心配だ。

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