二つの大河

Day-12
情報の間違いや勘違いは結構ある、と自戒する。

アル-ハリル小学校の6年生のクラスに、トルコ大使館の隣りに住んでいてテロに巻き込まれたという少年がいたが、「隣に住んでいた」のではなく、「父親とバスに乗っていてちょうど前を通りかかった」というのが正しい。

また、TIKRITの街を通っているのは「ユーフラテス河」ではなく、「ティグリス河」だ。両方とも低レベルの間違いと勘違いだ。ラッシュを見ていて、「あれ?これは何でだ?」と新たな疑問が出てくることもよくある。言葉も違う、思考系統や価値観も違う中で勝手な思い込みもあるし、取材というのは本当に難しい。夏休みの課題日記でさえ、3日間以上まともに書いたことがなかった自分にとって、ほとんど見直すこともないその日限りの日記という文章はチャレンジだ。みんなよく書けるな。

ベイダの通うセカンダリー・スクールを見学。撮影の予定はなかったが、彼女からいつ来るのか?と毎日聞かれていた。日本人なんて珍しいから、みんなに見せたいのかもナと思って、撮影なしでも行ってみることにした。

カメラなしの取材は気が楽だし、こっちも十分勉強になる。アル-ハリルと同様に10月の新学期が始まる前に改修工事をしていてきれいだった。校舎に外光が入り込んで女子校らしい清潔感がある。きれいになった自分の学校を見せたかったのかもしれないな。『IRD』という組織がおこなったようだ。あとで調べたい。

1クラス、45~50人、ほぼ全員頭に布をかぶっているがごくわずかかぶっていない生徒もいる。顔が一人一人個性的だ。英語の授業を見せてもらったが、先生の教えるリズムが早い。かといって、生徒を無視して一人で進めていくわけではない。生徒の3分の1は活発に手をあげて授業に参加していく。消極的で、落ちこぼれたりしてしまう生徒はいないのだろうか?と余計なことを考えたりもする。

成績はテストで判定されるが、到達度を測るためのもので相対評価ではない。いろいろな国の教育現場を見て思う。けして予備校や塾に行っているわけではないし、日本人より勉強の内容と時間が多いとはとても思えないし、実に狭い社会で暮らしているのだが、子どもたちは能動的かつ良く物ごとを理解するなあ、と思うことがしばしばある。占領下ではあるけれど、以前よりもいろいろな情報を得られる機が増えたことは確か。興味の世界を広げて可能性を活かして欲しい。

アシュワックに同行してアル-シャウベ地区の市場でロケ。
豊富な食材は戦後すぐと変わらない。5月以降、羊肉の値段が上がっているらしい。泥棒にあったり、周辺国に輸出されたりして品薄なのだそうだ。

タラルのコピーショップでロケ。停電続き、隣近所の店も開店休業状態。

ワリッド一家が帰ってきたかどうか確かめるために金物街を訪ねた。金物街の店はほとんど以前のように営業していたが、鉄の鎖だけではなく金属性の装飾品を作っているところなども見られ、種類が豊富になっていた。誰に聞いても、フセイン時代よりも自由に仕事ができるし、売上げも好調だとにこやかに答える。ジャウダッドに再開する。まだ満たされないものがありそうな感じがしたが、顔色はいい。びっくりした様子で、「いったいどこに行っていたんだ?」と聞く。

確かな見覚えのある路地裏の角を曲がると彼らはいた。ワリッドとおじとそれに父親もいっしょだった。彼らの方が先に気がついたようすで、こちらが姿を確認した時はもう立ち上がっていた。ワリッドは少しお兄さんになった。父親は身体をこわして建具職人はやめ、ワリッドといっしょに同じ仕事をしている。バグダッド陥落直後、いち早く店を再開して1人黙々と金づちをふるっていたおじは、変わらぬ豊かな笑顔を見せてくれた。イランやトルコ、パキスタンなど周辺国からも客が来て商売はとても好調だと言う。フセインがいなくなり、商売の自由を謳歌していた。

ワリッドはまだ学校には戻れていない。ナジャフで避難生活を送っていた一家は、3ヶ月前にバグダッドに戻り、新しい家を借りて住んでいる。今、バグダッドでは家賃が高騰。フセイン時代にワリッド一家の住んでいた1LDKの家は、どちらかと言えば長屋的で低所得者向けの住宅だった。一家の現状を考えると、そこよりもいい環境の住宅に住んでいるとは考えにくい。それでも、父親とワリッドと弟三人が毎日働かなくては暮らしていけない。ワリッドはサッカーが好きだ。こうした一家を何とか支えてあげたいと思うが……。積極性が感じられないCPAやORHAには見る影なく、人道援助機関もいないイラクの戦後。彼らの生活の底上げを期待するには、あまりにも悲観的状況だ。あまい考えだと思うけれど、本当に何とかしてあげたい。

19:30 エヤットの案内で、警察署爆破事件で亡くなった警察官の遺族を訪ねる。17歳の新妻と3人の娘を残して逝った。敬虔なシーア派一家だが、その宗教的雰囲気に緊張感を感じる必要のない都会的な家族。”We don’t have two rivers,Tigris & Euphrates. We have blood & crying”という兄の表現に言葉がない。フセイン時代が終わり、戦争も収まり、職場に戻ってこれからという時だっただけに、「なぜ」という思いが伝わる。同僚だったエヤット、脇で聞いていたディーナもしくしく泣いていた。亡くなってから間もない。遺族の取材はいつでも深く溜息をついてしまう。

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